レポート149号 2018年3月

●巻頭言 真の珠算教育における温故知新(1)

日本における本格的な計算教育が始まったのは、実に室町時代末期の頃に中国で発明された「そろばん(算盤)」が日本へ伝わってきてからと言われています。当時の庶民の生活の中に一般的な計算教育はなく、専ら支配階級の身に限られていましたが、そろばんの伝来とともに計算の教育がはじめて日本全国に広がり江戸時代に入ってからは武士階級だけでなく庶民一般にまで広まり、日本独自の計算教育が盛んになってきました。
本稿では、そろばんが日本に伝来してから江戸時代には日本独自の計算教育が進展してきたこと、さらに、明治維新の西欧文化の到来とともに、西欧式数学教育一辺倒となってしまい、その後、20世紀後半からは電子計算機(コンピュータ)の急速な進展とともに、日本でも電子・情報工学が大きな発展を遂げ、遂に人工知能の誕生と急激な社会変動が人間社会に大きな影響を及ぼす時代に至ったことをもう一度見直し、その中で真の珠算教育は如何あるべきかについて、筆者も珠算教育には全くの門外漢ながら、故荒木勲先生の飛び込み弟子として、原点に立ち返って考え直しを企てました。そして、以前、IMそろばん創立十周年記念誌として荒木光理事長先生から頂戴した「珠算教育論(要旨)」(原著者は小柳津恒、1937.10)を、許可を得て、心新たに読み直すことにしました。IMそろばん会員の先生方は本誌を既に熟読されておられる珠算教育専門家であり、今更、素人の戯言と思われるでしょうが、一片の脳科学屋から観た真の珠算教育の在り方に憧れた気持ちをご理解頂きたく存じます。
先ず最初に、「珠算教育論(要約)」発刊に寄せてと題した、IMそろばんの荒木光理事長先生の前書きを拝読して、冒頭の文章から改めて大きな感動を受けました。全文はIMそろばん創立の理念と珠算教育者の基本哲学について言い尽くされています。特に「教育者であるならば、常に研修・研究を重ね、何事にも謙虚に学ぶ姿勢が大切」「真の珠算教育は、自分の力で考えられる知恵豊かな子供達を育てるためには、学校教育だけでなく社会教育も必要」の言葉には日本の初等教育全般の根本精神に通じるものとして深い感銘を受けました。
さらに、小柳津恒先生の「珠算教育論」の紹介では、日本の珠算とは何かから始まり、崇高な教育論まで展開され、珠算教育法についての詳細も含めて、珠算教育を根本的にとらえた論文として80年もの昔に公にされたことに意義深いものがあると述べられてあり、その要約を纏めたとありますが、本誌を企画・編集された荒木碩哉先生と発行責任者の荒木光先生のご功績は極めて大きなものと痛感する次第です。私自身、これから本誌を熟読玩味する覚悟ですが、珠算音痴の自分に何処まで理解できるか自信はありません。
一方では、最近の日本の学校教育、とりわけ初等教育にはあまりにも多くの課題が残されており、現場の教育関係者の努力にもかかわらず、このままでは将来に不安があります。今ここで日本の初等教育の荒廃を避け、その新たな姿を見出すためには、もう一度原点に立ち返ってこの国の学びの歴史、寺子屋・藩校・私塾等の江戸時代の学びの場に蓄積されてきた教育遺産とは何か、江戸時代に日本独自に発達を遂げた「和算」を含めて、現代の「考える珠算教育」
の在り方をもう一度見直す必要があります。さらに、明治維新の後はじまった「国民教育」と伴に、日本は何を手に入れ、何を失ったのか。そして敗戦後、占領下の教育政策を経て、如何にして現代の日本人の初等教育が誕生したのか等、日本人としての学びの形の変遷を熟知することによって将来の初等教育の在り方を根本から考え直すことが大切なのではないでしょうか(沖田行司「日本国民を作った教育、寺子屋からGHQの占領教育制度まで」ミネルヴァ書房、2019)。
本稿では先ず、江戸時代の「考える珠算教育」について少し触れてみたいと思います。江戸時代には、寺院で手習い師匠が庶民の子弟に「読み書きそろばん」等をはじめ庶民の世俗教育まで含めた私設の教育機関が発展し、上方では「寺子屋」と呼ばれ、江戸では「筆学所」と称されました。近世に入ると、寺院を離れて巷間で教育が広がっても「寺子屋」の名称は広く残されました。当時は封建社会のため、子弟の教育機関も、武士階級では藩校、庶民階級では寺子屋と呼ばれ、専門的教育を受けられる「私塾」など、現代の小学校教育の起源となりました。まさに「寺子屋」は一般の初等教育の原点として、主体的な勉強意欲を生み出して来たのです。「寺子屋」でも算盤の教育が始まり、これが現代の「珠算塾」の原型となりました。一方では、江戸時代初頭に日本独自の数学である「和算」が成立し、その後急速に発達したのも、数を目に見えるように造られたアナログ教育器具である「日本式算盤」が全国に広まったお陰なのです。「和算」は日本で独自に発達した数学であり、さらに江戸中期には関孝和(1642?~1708:和算家)らにより発展した日本古来の数学で、当時は西洋式の数学に決して引けを取らない世界最高のレベルであったと言われています(成美風「江戸の天才数学者」新潮社、2012)。江戸後期には日本中で数学ブームが起き、最終的に行列式や高等数学を大成させました。「和算」は子弟に算盤を使って「自分で考える能力を育成する」ためには最適の数学教育の教材となりました。しかし、明治時代に西欧数学(洋算)が輸入され、残念ながら、文字通り日本独自の「考える珠算教育」の原点ともなる「和算」は特に批判的な議論さえされることなく、日本の初等教育現場から姿を消してしまいました。
明治に入るとすぐに学校には洋算が導入され、その後、高等科においては「算数はひっ算を用ふべし」との通達がなされたとあります。その結果、実用面において生活に強く根を張っていた算盤だけが生き残り、肝心の算盤の「教育」は、全て巷の珠算私塾のみで補われることになりました。算盤計算法も徐々に日本独自のものに進化し、日本の算盤は、意のままに操作できるようになるにはそれなりの修練を必要とするが、その過程で複雑な数を正確に取り扱う能力や、珠算式暗算能力を得ることが出来ると既に明確に指摘されています。
その後の日本の初等教育では、学校教育における「算術科目」において、洋算では学問として「形式的な算術」を重要視するのに対して、日本では算盤が存在し、算術が技術となっており、形式主義的な高等学問だけに留まらず、尚且つ実用主義的な計算だけでもなく、両者の主義を兼ね備えた日本独自の新たな文化として発展を遂げてきたと述べられています。
しかし、その後の初等教育では、日本における算術をきちんと受け継ぐ教育がなされておらず、算術教育の僅かな一部分に過ぎない「計算」に終わっていると言うことです。小柳津先生の主張は「珠算とは日常の生活において習熟させること、生活上必要なる知識を蓄えること、それらの中で、珠算のなし得るべき位置を発見し、思考を正確にすることである」と紹介されています。珠算は本来、日本算術そのものであったのが、洋算にその地位を奪われ、単なる計算具という地位に落ちてしまいましたが、一方では、それによって珠算は、家庭内、産業、私塾等の場で独自の進歩を遂げたと言えます。算盤が現在もその機能を遺憾なく発揮しているのは、日本独自に改善された安価で使い易い日本式算盤で、産業上のあらゆる複雑な計算まで迅速正確に処理できるからであり、何より、日本人の手先の器用さ、さらに、勘・極意・技の心などの日本人の精神性に適しているからと言われています。
日本の珠算技術には、修養的な「道」の考え方があり、技術と精神が一体化して、日本式珠算は修道的な、そして人間の持って生まれた特性を円満完全に発達させる陶冶的な価値を有するものと説明されています。珠算の初心者は常に意識的な労を伴いますが、熟練するに伴って、指頭の働きが滑らかかつ敏捷で、それが自然なものとなります。意思動作の習熟は、客観的な動作そのものの上達に加えて主観的にも著しい変化を与えます。自省によって自己の心性を徹見し、深い人生観を持つこと、それこそが珠算の「道」であると述べられています。本誌の第三章・第四章は私には難解で今後の宿題とすることをお許し下さい。
他方では、前報(第146号)でも紹介した通り、最近の人工知能(AI)やAIを搭載させたロボット技術の研究と応用展開に目覚ましい進展が続々と見られ大きな関心が寄せられるようになりました。AIとは、人工的にコンピュータ上などで人間と同様の知能を実現させようという試み、あるいは人間が知能を使ってすることを機械にさせる目的で、そのための一連の基礎技術全般を示すもので、現段階では主に、人間が知能を使ってすることを機械に代行させるもので、未だ人間と同等の機械を造り出すまでには進んでおりません。現在は、推論や学習能力も人間の脳には到底及ばず、そのごく一部を実現している段階ですが、これまでの基礎的研究に基づく技術の蓄積がAIの応用分野の基盤となることによって、AIは知能分野では今後、飛躍的な進歩が予想され、種々の応用分野での先進的な研究が目覚ましく発展すると伴に、実用面での活躍が大きく期待されています。
一方、人間の脳は本来、知的機能だけではなく、脳の知的な働き・知覚をもととして、それを認識にまで作り上げる心的機能(感覚により獲得された素材を整理・統一して認識に至る知性)を併せ持っています。そして知識の卓越性(知的機能)と判断・思慮分別の卓越性(心的機能)を両極に持ちながら両者がお互いに相補的な関係を維持しつつ、物事の道理を判断し処理していく心の働きにより、物事の道筋を立て、計画し、正しく処理していく能力(知恵)を完成させるのです。従って、人類に大きく貢献するはずの人工知能を単に自分達の生活に役立てて有効に活用するだけでなく、人工知能の目覚ましい成長に追いつかれないように、また機械に支配されることなく、人間としての主体性を維持していくには、心的機能を伸ばすためにも、これまで以上に自分の脳を鍛え続けなければなりません。しかし、残念ながら我が国の現在の学校教育では、知的・心的機能を高める脳活動、とりわけ前頭前野の活性に寄与するような教育は殆どなされていない状態といえます。そのため我が国では、珠算塾を中心に真の珠算教育を社会教育の一貫として着実に完成して行かねばなりません。今後は急速な人工知能時代に突入するからこそ、単に目標達成のために珠算技能を急いで磨くだけではなく、広い視野に立って全ての機会を捉えて「自ら考え行動する能力(知恵)」を併せてしっかり身に付けるための真の珠算教育のできる珠算塾こそが現代社会を生き抜ける人格形成に不可欠な、継続を要する修行の道場として今後の社会の要請に大きく答えられるのではないでしょうか。IMそろばんの益々のご発展を心から願い上げる次第です。

018年3月
大阪府立大学名誉教授 林 壽郎

●検定試験について

●行事予定

この度はI.M.そろばん記念講座「考えるそろばん検定試験第50回」を施行するにあたり、珠算教室を生業とされて居られる教師の皆様へ教師の為の講座お薦め情報です。ご参加の件、宜しくお願いします!!
くわしくはこちらから

●事務局だより

月日の経つのは早いものです。お正月からもう2ヶ月を経過してしまいました。先生方に於いては新年度に向かって生徒募集や教材・備品・指導法等の準備に余念の無い事と拝察致します。
N.P.O.法人I.M.そろばんでは、来年度も会員の先生方や保護者の方に「I.M.そろばん教授法のお蔭」とご納得頂く授業や、検定試験を通して子供達の将来に役立つセミナーを開催する努力を惜しまないものです。
会員の皆様、この度の検定部による企画である講演にこぞってご参加の協力を宜しくお願いします。

―I.M.そろばん3月セミナーに於いて―

誠に心苦しいことですが、事務局が教室の建て替えに伴い、3月中旬は教室を移動して臨時の事務所で仮住まいです。作業に不備、不足が出てまいります。都合にて3月のセミナーを休講とさせて頂きます。

喜多 吉子

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